差別意識と想像力

乙武: 理想論でいえば、「想像力を持ちましょう」と。


 様々な点で、「ふむふむ」と思いながら記事を読む。 

カースト意識の高い、
差別は人間の基本的な、生物学的な性質だから」
と言ってしまう知識人がたくさんいるバラナシという土地にいて、
「想像力の欠如」の恐ろしさを感じることが多い。

この記事の中で、乙武氏の言う「想像力」は難しいことではない。
 幼いころから、きっと、多くの人が言われてきたこと。
「その人の気持ちになって考えてみなさい。」
Compassion。

記事では、日本人は余裕がなくなっているから
『弱者』叩きなどのが横行するようになった、とある。
そうなのかもしれない。
(「余裕」とはなんぞや?経済的なものだとすれば余裕があった時代などバブル期の数十年でしょ?と思いつつ。)

だったら、余裕をもてるよう、スピードを遅くすればいい。
大切にしたいものを大切にできるようにすればいい。
「履き違い」に気づけばいい。

インドのカースト意識も、ムンバイにいたときには違うものに見えたことを思うと、
バラナシだって、きっと、そのうち違うものになる。
これも、縛りのない想像力さえあれば…かな。


日々是好日―インド編

2016年、12年ぶりにインドに戻った。 理由はたくさんあるけれど、最大の理由は「原点回帰」。 インド人は、私にとって宇宙人だ。12年前、大嫌いになって、「二度とインドとは本気で付き合わない」と思って去った。それなのに、今、またインドにいる。縁(或いはカルマ)があるということなのだろう。 ロマンチサイズしなくなった今こそ、インドを再考してみたい。彼らの底力の何かしらを掴めるかもしれない。

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